灼熱
前編
すっかり冷めてしまった夕食に、高耶は溜息をついた。
(今日、遅くなるって、言ってなかったのにな……)
仕方なく高耶はおかずの皿にラップをかけ、冷蔵庫へと運ぶ。我ながら、馬鹿なことをした、と思う。
(自分の誕生日に、自分でちょっといい料理なんて作って、挙句に食べずに終わるなんて、ほんっと、バカもいいとこじゃねーか)
同居相手には、今日が自分の誕生日などとはもちろん言っていない。数少ないとは言え、高耶の誕生日を祝ってくれようという友人の誘いを断る理由も、本当はなかった。ただ――
(一緒に、いられたらいいな……なんて……)
そんな甘やかな関係でもないのに、少しだけ、望んでしまった。
(誕生日なんて言っても、あいつが祝ってくれるわけもないんだけどさ……)
高耶は、この家のハウスキーパー代わりの居候に過ぎないのだ、あの男――直江にとっては。
もしかしたら、少しでも自分を見てもらえるんじゃないか、と努力しつづけたこの半年、高耶の希望は悉く打ち砕かれた。
兄の友人として直江を知ってから、八年。いつから恋していたのか、自分でもわからない。その間、直江が興味ない人間にはひどく冷たいこと、つまらないプライドばかり高くて他人を見下す部分があること、どうしようもなく融通が利かず、包容力や暖かさに欠けていること、もう数え上げればきりがないほどの欠点も知ってしまった。
なのに。
(なんで、まだ好きなんだろ……見込みもないのに)
容姿は俳優ばりにいい男は、黙っていても寄ってくる女たち相手に、適当なつまみ食いを繰り返していた。
(せめて女だったら……いや、たとえ直江が女も男もどっちでもよくたって、オレみたいなタイプはダメだろうな……)
自分でもわかる。高耶は自分がおそろしく嫉妬深いことを自覚していた。そしてそういう執着を直江が嫌っていることも。
もし、遊びで体だけの関係でも結ぼうものなら、高耶はいつか直江を殺してしまうに違いない。
(道成寺みたいに、か)
くっと高耶は笑った。そう思えば、直江は今日帰ってこなくて幸いだった。こうやって一つ一つ、思いをつぶしていけば、いつかは直江を見ても心騒がすこともなくなるのかも知れない。
かたん、と音がして、高耶は立ち上がった。
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「おかえり、直江」
玄関に座りこんでいた直江は、珍しくも酔っていた。常には白皙に乱れの一つも見せないようにセットした髪が、ともすれば冷たい印象を与えるのに、今日は酒気に染まった頬と額に落ちてきた幾筋かの髪の毛が少しだけ直江を若く、そして柔らかに見せていた。
「ただいま、高耶さん……」
鳶色の眼が、高耶を認めて細められる。
「高耶さん、待っててくれたんですね」
いつも直江が帰るまでは起きている高耶に対して、鬱陶しいような顔しか見せない直江が、今日に限って何故か嬉しげだ。
「今日は、出かけなかったの?」
「別に、行くところなんてないし」
「……お友達と、出かけるのかと思いましたよ」
くすりと直江は笑って、高耶の頬に手を伸ばした。昔、高耶の頬に触れたものより、ずっと大きな手だった。
「この間、女の子といたじゃないですか、くりくりした目の、活発そうな。仲よさそうに喋ってた」
「誰のこと?あ、森野かな?まあ、仲は悪くはないけど」
高耶は不思議に思って首を傾げた。
「とりたててよくもないけど?あいつ、動機が不純だから」
「不純」
直江が繰り返すので、高耶は困惑しつつも続けた。
「譲のことが好きなんだよ、あいつ。将を射んとすれば……ってヤツか」
直江は息を飲んで高耶をじっと見つめていた。高耶は困惑のまま、直江を引き上げようと手を伸ばす。だが高耶より縦も横も大きい直江をベッドまで運べるはずもなく、高耶は廊下で直江もろともよろけて座り込んだ。
「高耶さん……」
「なんだ?」
「高耶さんは、私のことが好きでしょう?」
「はぁっ!?」
ずっと隠してきたはずのことを本人にぬけぬけと言われて、高耶は目を剥いた。
「何言って!」
「嫌いですか」
「き、嫌い……ってわけじゃ……」
高耶はらしくもなく視線を彷徨わせた。だが直江は唐突に高耶を抱きしめ、押し倒してきた。
「な、直江!?」
「嫌いじゃない、だけ?こうするのは嫌?」
据わったような直江の目には、熾火のような熱が篭っていて、それが高耶を動けなくさせた。
「なおえ……」
「高耶さん」
直江に噛み付くように口付けされて、高耶は眩暈のまま、目を閉じた。
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