一番欲しいもの

注:高耶さんは未来から来たトラ型ロボットです。




 高耶はトラ縞模様の尻尾をゆらゆらさせつつ、熱心に空間に展開させたモニタを見ていた。
「誕生日は大事だからな」
 直江を更正させる為に未来からやって来たトラ型ロボットの高耶は、あっと言う間に直江家の一員になった。
「何を贈ろうかな……便利グッズはいらないって言われたし……」
 未来の最新型であるはずの高耶だが、最近は直江に言い負かされてばかりだ。
「空は飛べなくていいって言うし。大人に一瞬なる必要もないって言うし、夢がないよな」
 直江母にも父にも、実の息子以上に愛されている高耶だが、いまだ直江の信頼は得ていない。
「こんな魅惑のボディが傍にいるのに、もふもふもしないなんて、直江っておかしよな」
 高耶は唇を尖らせた。誰だって猫型系だの犬型系だのを見れば触りたくなるはずなのに、冷め過ぎた子供の直江は、高耶の耳すら触らない。
(まあママさんみたいにベタベタ触ってこられても困るけどな)
 高耶は猫耳をぴくぴくと動かした。
「何が魅惑のボディですか」
 まだ変声期前のあどけなさを残しているくせに冷たい声が響き、高耶は尻尾をぴくりとさせた。
「お帰り、直江」
 微笑みかけると、直江はつんと顔を背けた。
(しょうがないな、まったく)
 天使のような見かけに反し中身はお堅い直江だが、高耶にしてみれば可愛くて仕方がない。
「ただいまは?」
「……なんでそんなことを無理やり押し掛けてきた貴方に言われないといけないんですか」
「押し掛けたのは事実だけど、いていいって言ってくれたのはママさんとパパさんだ。お前に権限はないぞ」
 直江は唇を尖らせた。理屈っぽいだけに、こうして整然と反論されると弱いらしい。
「ただいまは?」
「ただいま帰りました……」
「ママさんにも言ったか?」
「言いましたよ」
 直江は乱暴にランドセルをベッドに放った。高耶がそれを空で受けると、直江は眉を顰めた。
「嫌なことでもあったのか?」
「別になにもありませんよ」
 直江は鳶色の瞳で高耶を睨むと、そのまま勉強机に座った。
「気が散るから出て行ってくれませんか」
「何するんだ?」
「予習です」
「予習って、もう高校生の教科書じゃねーか」
「同い年で大学の講義を受けている子がいますよ」
 直江が敵視しているのは、同じクラスの一番できる子だ。未来に名を残している天才で、なまじ並外れて出来る直江には大きな壁なのだろう。高耶は溜息をついた。
「直江は何になりたいんだ?」
「何って……」
 直江は口を噤む。
「なりたいもののために勉強するんだろ?」
「知りませんよそんなもの」
 高耶は直江が取り出して机に広げようとしていたテキストを取り上げた。
「何するんですか」
「買い物に行こう」
「は?」
「ママさんにも言われてな、お前をなるべく外に連れ出せって」
「余計なお世話です」
「世話を焼かれるうちが華だぞ。子供の特権だ」
 高耶はにこりと笑うと、強引に直江の手を掴んだ。ポケットからドアを取り出し、ノブを回す。
「ちょ、何を!」
「珍しいもの買いに行こうぜ!」



 突風が頬をなぶり、高耶は手を握った直江の顔をちらりと見た。
(おお、怒ってる怒ってる)
「なんでこんなところ……」
「こんなところとはなんだ、本当は歩いて登らないといけないんだぞ」
 今もすでにロープウェイが動いているので、厳密には全部登る必要はないようだが、それでも往復すれば二時間はかかる、山の頂上だ。
「ホラ、靴」
 高耶が靴を置いてやると、直江はしぶしぶ履いた。
「参拝に行くぞ」
「買い物に行くんじゃなかったんですか」
「参拝の後に買ってやるよ、お守りとかさ」
 高耶が歩き出すと、直江もしぶしぶと言った様子でついてきた。
「寒くないか?」
「別に」
「そうだ。直江、欲しいものとかないのか」
「別に」
「そうか……」
 直江は高耶の耳がぺたりと伏せられたのを見て視線を泳がせた。
「欲しいものは」
「ん?」
「欲しいものは、自分で手に入れますから」
 直江は高耶の目をまっすぐに見て言い切った。高耶は直江の髪をくしゃくしゃとかき回した。
「な、何するんですか」
「んー、なんとなく」
 高耶が笑うと、直江は拗ねたように横を向いた。
「着いたぞ、手を洗って口を清めるんだ」
「ロボットとか言っている割に、神頼みですか」
 憎まれ口をたたきながらも、直江は大人しく高耶の言う通り参拝の作法を真似した。
「……」
「さ、行くぞ」
「高耶さんは何をお祈りしたんですか」
「そりゃ直江がいい子になるようにってな」
 直江はぷいと顔を背けた。そのままずんずん進んでしまうので高耶は急いで追いかけた。
「どうしたんだよ、直江」
「こんな非合理なこと、やってられません」
「いいんだよ、人生なんて九割が無駄だろ」
 直江は高耶をじっと見つめた。
「高耶さんは……言われて俺のところに来ただけでしょう」
 急に言われて高耶は戸惑った。
「そうだけど。オレは直江のこと、好きになったぞ?」
 直江は赤くなって、赤くなったことを恥じるように俯いた。二人はそのまま黙って歩いた。
「お守り、買ってやるって言ったろ。どれがいい?やっぱ、学業成就か?」
「……家内安全で……」
「そか」
 高耶は直江の希望通り家内安全のお守りを授与してもらうと、直江に渡した。
「ほら」
「……ありがとうございます」
 直江の声は小さかったが、高耶は微笑んだ。
「絵馬も奉納するか?」
「そうですね」
 珍しくも直江が乗り気になったので高耶は喜んだ。
「ほらほら、オレも書くからお前も書け」
「はいはい」
 直江がくすりと笑う。高耶は一瞬呆気に取られた。
「高耶さん?」
「あ、いや」
 なんでもない、と高耶は首を振った。






「結局、あの後も、なーんもリサーチできなかったな……」
 あの日直江に渡したお守りは、お焚き上げされることもなく色褪せながらもまだ直江の部屋に飾られている。
「何を上げたんだっけ、誕生日」
 もうじき、高耶がここに来てから六度目になる直江の誕生日だ。
「高耶さん」
 急に声をかけられて高耶は飛び上がった。
「おや、もしかして」
「な、なんでもないぞ」
 高耶は慌ててサーチしていたモニタを消した。
「まあ、いいですよ。ねぇ高耶さん、欲しいものはないかって聞いてくれないんですか?」
「誰が聞くか」
 答えなどわかりきっている。赤くなった高耶の頬に直江が唇を落とした。
「何すんだ、急に!」
「魅惑のボディですからね、当然です」
「うー」
 高耶が唸ると直江は笑った。
「……いちお、聞いてやる。欲しいものはあるか?」
「もう手に入れましたよ」
 ね、高耶さん、と直江に言われ、高耶はもう一度唸って赤くなった。



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