たかやまてぃっく

第5話 墓ありて儚く


 夕飯の片付けも終わり、高耶は風呂釜のスイッチをひねっていた。
 (明日は……7月20日……か……)
 多少、ぼんやりしていたのがいけなかったようだ。高耶はスイッチがいつもと違う音をさせているのに気付くのが遅れてしまった。カチ、カチッと言う音に続いて、ぷすぷす、という異様な音がした後。風呂釜は爆発した。


 「ごめん……まさか、爆発するとは思わなかった。」
 「いえ、高耶さんが怪我しなくてよかったです。風呂釜は寿命だったんですよ。」
 「元々戦闘用だから、あのくらいじゃ怪我なんかしないから、平気だよ。明日には修理してもらわないとな。」
 高耶は銭湯に行くのが初めてとあって、少々浮かれているようだ。直江は高耶さんの裸を他人に見られるのは嫌だったが、高耶が風呂釜のことを気にしないように、銭湯についていろいろ話した。
 「ふーん、『さうな』っていうのか、それ。」
 「ええ、汗をかいてきたら、水を浴びたりして、結構気持ちいいんですよ。」
 興味津々、と言った顔の高耶に、『こんな顔の高耶さんを見られるなら銭湯もいいかも』などど思いつつ、直江は銭湯の引き戸を引いた。
 「いらっしゃ……なんだ、直江か。珍しいな、どうした」
 鮎川がそういいながら、高耶の方には笑いかけた。それに高耶が笑いかけるのを見て内心鮎川にむっとしたが、
 「いや、たまにはいいだろう?……高耶さんは銭湯は初めてだそうだしな」
と軽く鮎川に返事をした。
 高耶は顔を曇らせて、
 「や、じつは、オレが風呂釜壊しちゃって……」
 すまなそうにまた言うのに、優しく笑いかけた。
 「寿命ですよ。……ここは鮎川のご両親のやっているところですので、以前からよくお世話になっているんです。」
 「そう、お世話してるんだよ、うん」
 「……お前に世話になったわけじゃないだろう……」
 そんな二人のやり取りを見て、高耶がくすりと笑ってくれたので、直江は安心して二人分の銭湯代を番台の上において、高耶を促して男湯の暖簾をくぐった。

 銭湯は意外と込んでいた。高耶は大きな浴槽を見て目を輝かせている。
 「すっげー、温泉みたいだ〜」
 子供のように喜んでいる高耶に、直江も目を細めた。
 今日ばかりは体を洗ってもらうのは駄目だといっておいたので、おのおの体を洗い、浴槽につかる。普段は足が伸ばせないので、たまには銭湯もいいな、などと思いつつ、ゆっくり温まった後、高耶をサウナに誘った。
 「これがサウナ?」
 「さすがに家にサウナはなかなか置けませんからね。コレ目当てでここにくる客も多いんですよ。」
 二人でサウナに入ったが、高耶がなかなか汗をかけないので先に出てくれ、と直江に言うので、直江は仕方なく
 「あまり長く入っていると体に悪いですから、ほどほどにしてくださいね」
と言って、先に出て、シャワーで水を浴びた。
 直江の方は汗をかきすぎたような感じで、自販機でスポーツ飲料を買っているところに、鮎川の父が声をかけてきた。
 「おお、久しぶりだな、信くん。ああ、せっかく来たんだから、上がってスイカでも食べていきな」
 「どうもこんばんは、おじさん。でも、連れがいるんですよ、また今度に……」
 そこに、鮎川が
 「高耶君なら、風呂からあがったら声をかけておいてやるよ」
というので、久々にお邪魔することにした。

 「まあ、久しぶりじゃないか、直江君」
 「そうよ、少しはウチの売上に貢献してくれないと」
 ちょうど食事中だったらしい鮎川の母親と姉に口々に言われ、直江は苦笑した。高校くらいまでは幼馴染で近所づきあいの延長もあってよくこの銭湯に来ていたが、父が死んだ後、最近はかなり足が遠のいていた。だが久しぶりにきた直江に対しても、皆変わりなく応対してくれる。
 「おう、鈴。信くんにスイカ切ってやんな」
 「あらあんた、番台は」
 「盛長に任せた」
 「あら、あたしはもうご飯終わったから、代わってくるよ」
 そう言って、鮎川の母が立っていき、鈴がスイカを切ってきてくれた。鮎川も代わってもらったらしく戻ってきて食事をとり始めた。団欒と言うにはせわしないが、確かに家族を感じるその風景を笑って眺められるようになった自分に直江は少し驚いたが、きっと高耶がいてくれるからだろう、と思う。
 「なにニヤニヤしてんだ、お前?スイカ、もう一切れ食うか?」
 鮎川が差し出してくれたスイカを礼を言って受け取り、再び食べる。サウナのせいで喉が渇いていたので、おいしく頂いた。
 「信くん、どうだい、1局」
 鮎川の父が将棋盤を持ってきて、いそいそと直江を誘った。
 「おいおい、親父、お袋がおこるぞ」
 「うるせえ、お前は洗いものでも片付けてろ」
 ぶつぶつ言いながら鮎川は台所に向かい、鈴はくすくす笑いながら麦茶を二人に持ってきてくれた。
 「盛長も私も将棋へたくそで、相手に不自由しているのよ。悪いけどお願いね」
 「いえ、喜んで」
 二人で向かい合って駒を進めていく。洗い物を終えた鮎川が戻ってきた頃には勝敗は決していた。
 「まいった……!」
 鮎川の父は頭をぴしゃぴしゃ叩きながらもう1局、と言って来たが、なかなか戻ってこない旦那に痺れを切らしたらしい鮎川の母親が戻ってきて
 「なかなか戻ってこないと思ったら〜なに遊んでんだい!」
と怒りながら旦那を引きずっていった。
 「すまんな、せわしなくて。ゆっくりしていけとか言っておいてこれじゃあ……」
 鮎川が頭をかきながら隣に座った。
 「いや、自営業だしな。……それに、にぎやかでうらやましい」
 いつになく素直な直江の言葉にわずかに驚きつつ、鮎川は残っていたスイカに手を伸ばした。
 「親父も、もう一人くらい子供が欲しかったらしいから、息子みたいに思っているんだ。前みたいに気軽に顔を出して欲しいな」
 「……ああ。ありがとう」
 鮎川はそんな直江を見て、
 「……夏休みだな、もう。今年はどうするんだ?」
 「ん?」
 「いや、お前、夏嫌いだったろう?でも今年は……」
 「ああ、嫌じゃない。……もうだいぶ前のことだし。それにきっと……高耶さんがいてくれるからだな。今年は夏らしいことをしてもいいな」
 そう言って穏やかに微笑む直江に、安心したらしい鮎川は
 「そうか……高耶君が来てから、変わったな、お前」
 いい感じになったよ、といいながらスイカに口をつける。
 そして、高耶、の言葉に二人同時に叫んでしまった。
 「高耶君!お袋には言っといたのに、まだ出て来てないのか!?」
 二人で慌てて風呂場に行くと、高耶は脱衣場で千秋に水を飲ませつつ団扇であおいでやっていた。
 「ど、どうしたんですか」
 「……ねえさんと張り合って……」
 どうも千秋と綾子も今日は銭湯だったらしい。サウナも男湯と女湯で隣合っていて、どうやら口喧嘩で太ってきただのなんだのと言い合っていてのぼせたと……。綾子はどうなったのかと鈴に見に行ってもらうと、こちらは声が聞こえなくなった千秋に勝利した、と脱衣所でぐびぐびコーヒー牛乳を飲んでいた……。付き合いで入っていた高耶は心配になって出るに出られなかったらしい。……呆れた話である。

 さすがに夜風は多少なりとも火照った体に涼しく感じられる中、直江は
 「まったく人騒がせな……」
 呆れたとしか言いようがなく、ため息をつく。
 「でも、銭湯もサウナも楽しかったよ。またきたいな〜」
 高耶のほうは千秋以上にサウナに入っていたようだが、こちらは涼しい顔でいい汗かいた〜、といいつつ冷たい缶ジュースを頬に当てている。
 直江は少しためらった後、静かにきりだした。
 「高耶さん……あした、手伝って欲しいことがあるんですが……」
 高耶は僅かに俯いた。明日……と小さく呟いた言葉は、直江には聞こえなかったが。
 「うん、いいよ……」


 七月二十日。
 よく晴れた空はどこまでも青く、夏の緑は人を圧倒するほどで、蝉の声が響く中、二人は墓地への道を辿っていた。
 墓前を清め、花を供えて線香を手向ける。
 直江は墓前で手を合わせつつ、静かに両親に報告する。
 (父さん、母さん、俺は元気でやっています。……安心してください……)
 「これでよし、と」
 立ち上がり、黙って見守っていてくれた高耶に礼を言った。
 「ありがとうございます、高耶さん。……今まで夏になるとここにこなくてはならないのが気が重くて。……父親の命日が夏休み初日で、昔から嫌だったんですよ。……今年は桔梗の人も来ていないみたいで」
 「桔梗の人?」
 「ええ、と言っても、私が勝手にそう呼んでいるだけなんですが。……いつも今日来てくれて、桔梗の花を供えてくれて、墓の掃除までしていってくれるんです。誰だかはわからないんですが……。だから今日高耶さんが桔梗の花を選んだのには少し驚きました。」
 「そう……なんだ……」
 「あ、高耶さん、のど渇きませんか?何か買ってきますよ」
 「え、オレが買ってくるよ」
 高耶がそう言って行動する前に直江は買いにいってしまった。


 ……線香の煙に包まれる直江家の墓を高耶は見つめた。
 静かに、司令に話し掛ける……。
 「直江……いや、信綱さんはお顔はお母様に似ていらっしゃるようですが、性格は司令そっくりですね……。初めて会った時も、生身で拳銃に立ち向かったんですよ……」
 そういいながら、目を閉じる。
 浮かんでくるのはあのときの情景だ。司令が永遠に失われたあのときのこと。
 指令が敵に捕まり、防戦一方となってしまった高耶……景虎に、叫んだ指令の声……。何度も首を振る自分をしかりつけ、震える手で構えた銃口を見て優しく微笑んだあの最後の顔を……。
 黒と白。鯨幕に囲まれ、大人たちに囲まれ俯いて写真を抱えた直江。
 オレが。
 オレが殺してしまった……。


 父の墓前で座りこんでしまっている高耶を見て、直江は慌てて走り寄った。
 「どうかしたんですか、高耶さん」
 「いや、なんでもないんだ」
 そう言って立ち上がった高耶はいつもどおりの高耶だった。
 缶のお茶を渡して、木陰のベンチで一休みした。
 「今年はとうとう、桔梗の人は来なかったみたいですね。……もう、忘れてもいい頃ですからね、四年も前のことですし……」
 「そんなことない!」
 いつになく強い口調の高耶に直江は少し驚いた。
 「高耶さん?」
 「桔梗の人も、今年は何か事情があって来れないだけだと思う……」
 そう言って俯く高耶。
 「……そうですね、きっとそうだ」
 夏の風が梢を揺らし、木々の間をすり抜けてくる陽光も夕暮れの気配を帯びてくる。
 二人は黙ったまま、静かに座っていた。


 「そろそろ帰りましょうか」
 直江の言葉に頷き、直江の後ろからゆっくりと階段を下りていく。直江の背中を見ながら、高耶は思う。
 ……いつか……真実を直江が知る日がきたら。直江はきっと自分を許してはくれないだろう。きっと自分を憎むだろう。その日はそんなに遠くはない……そんな気がする。
 だけど。……その日が来るまでは。
 オレは、残された時間のすべてを……直江に。

 
 高耶さんがその機能を停止するまで、残り365日ーー。
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