良い夢を
咲世子が淹れた紅茶を飲みながら、ルルーシュは息を吐いた。
「ああ、いい香りだな……」
忙しくて、ここのところ碌に寝ていない。わずかに首を捻れば、なにやら音がするくらい強張っていた。
「ルルーシュ様、お疲れですよね」
「大丈夫だ、これが終われば少しは余裕ができる」
パソコンの画面に目を戻し、ルルーシュはキーボードを叩く。そんな姿の傍に、咲世子はひっそりと控えていた。
「……これでしたら、そこまで急がずとも」
「いつ何があるかわからないからな」
味方と言える人間が極端に少ないルルーシュだ。彼が気を許せる相手は、緑の髪の共犯者と、傍近く、背後に立つことを許されている咲世子くらいしかいない。
「……」
キーボードを打つ手が止まる。
「さよこ……」
「はい、ルルーシュ様」
「眠くなってきた……」
「お疲れだからですよ、そういう時はお眠りになったほうが効率も上がります」
こくりとルルーシュが頷き、椅子の背もたれに寄りかかって目を閉じる。いつも前だけを見つめる、きつい紫の瞳が隠れると、歳相応の顔が露になった。
儚ささえ感じさせる、とてもうつくしく、哀しい顔だった。
(ああ、本当はこんなに脆くて、はかなくて……)
咲世子は彼が少しでも休息が取れるように注意して毛布を持ってきた。
「ルルーシュ様……」
彼の息吹を感じる。そっと指先を伸ばせば、まだあたたかな吐息を感じることができる……。
彼はすっかり寝入ってしまったようだった。
咲世子は己が職分を逸脱していることを自覚しながらも、そっとその吐息を感じながら、薄い唇に己の唇を落とした。
彼の望みを叶え、彼のいない明日を生きる。
己の気持ちを押し隠し、咲世子はただルルーシュのためだけに生きる。
(けれど本当は)
はじめて咲世子と引き合わされたときの、まだ幼さを感じさせたルルーシュ。
ナナリーに優しく微笑むルルーシュ。
咲世子を労わるルルーシュ。
(ずっと、ずっと守りたかった)
彼の小さな箱庭、小さな幸福、穏やかな微笑みを。
(貴方の笑顔を)
咲世子は泣かなかった。
ただ顔を上げ、ルルーシュを起こさないように冷めてしまった紅茶のカップを下げる。
眠るルルーシュに一礼して、部屋を出る。
「良い夢を、ルルーシュ様」
せめて今だけは、穏やかな眠りが、あの方に訪れていますように。
咲世子はそれだけを願った。
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