陽だまり




 ぽかぽかと暖かい陽だまりは心地よく、ロロは体を丸めた。傍らには兄の温もりがある。これ以上の幸福はない。
(うん、これであの邪魔者さえ来なければ、何一つ文句はないんだけど)
 ロロが身動ぎしたのを感じたのか、うつらうつらとしていた兄が目を覚ましてしまったようだった。
「どうした、ロロ」
 いつ見てもうっとりするような綺麗な紫の瞳に見つめられて、ロロはううん、と首を振った。
「なんでもないよ、兄さん。ただ、今日は平和だなーって思って」
 兄は納得した様子で目を細め、ロロの頬を舐めてくれた。
「そうだな、あの五月蝿い人間がここしばらく来なくてよかったな」
 ここはブリタニアの首都に建てられた、真新しい館の中庭だ。なんでもフレイアで首都の何割かを消失したということで、復興もいまだ完全ではない有様だったが、新政府は別の場所に首都を移転するよりも、過去から未来へ生まれ変わるブリタニアの象徴にすべく努力することを選んだらしい。
「そうだよね、あの鬱陶しい人間の指先を見ると、齧りたくてうずうずするんだよね!」
 ロロが力説すると、兄は重々しく頷いた。長く優美な尻尾がゆらゆら揺れる。
(ああ、兄さんはいつも綺麗だなぁ……猫になっても、全然変わらないや……)
 そこに無粋な人間の声がかかった。無視しようかと思ったが、兄のほうは耳をピンと立てて、気になって仕方ないというふうに尻尾をぱたんぱたんとさせている。――ナナリーだ。
「兄さん、呼ばれてるみたいだけど」
 ルル、ルル、と、客観的に言えば愛らしいと分類される少女の声が聞こえてくる。ロロにとっては忌々しいばかりだが、兄にとっては未だに違うらしい。
「む……ふ、仕方ないな」
 それでも弟の手前なのか、澄ました顔をしていたが、そわそわしているのは隠せていない。
「寂しくて仕方ないのだろう、相手をしてやろう」
 す、と立ち上がって、走り出したいのを我慢しているのだろう足取りで、だがそれでも十分すぎるほど優雅に歩く兄に、ロロは慌てて後をついていった。
「待ってよ兄さん!」
「なんだロロ、遅いぞ」
 ちりんちりん、とロロのほうは首輪につけられた鈴を鳴らしてしまう。兄は鈴すら揺らさずに歩いているというのに。
 そうこうしているうちに、人間のほうがこちらを探し当てたようだった。
『ルル、ロロ、ここにいたんですね』
 車椅子の少女は、寄り添いあう兄弟を見て、ふっと微笑んだ。おそらくはこういうのを『花が綻ぶような』と形容するのだろう。
 兄には前世――人間だったときの記憶はない。すでに血の繋がりも、当然この少女との間にはない。なのに未だに特別扱いされているナナリーに、ロロはついつい嫉妬してしまう。
「ナナリーは元気がなさそうだな……仕方ない、俺が特別に栄養のつきそうなイモリでも取ってきてやろう……」
 そう言って兄は少女の膝の上に飛び乗って、ぐるぐると喉を鳴らした。ナナリーは嬉しそうにその喉を撫でている。
『まあ、今日は随分甘えてくれるんですね、ルル』
 それは違う、元気のないナナリーを慰めようと甘えてやっているのだ。兄は相変わらずナナリーには……
 ぐるぐるしそうな思考を押し留めてくれたのは、こちらを向いてくれた兄の瞳だった。
「ロロ?」
 何も覚えていないはずなのに、全てを呑みこんだような、凪いだ湖面のような穏やかで優しい瞳だった。
「お前も撫でられたいのか?」
「ち、違うよ、別にナナリーに撫でられたくなんかないよ!」
 それは掛け値なしに本当だ。兄はにゃあ、と目を細め、ナナリーの手に頭をこすり付けると、するりと彼女の膝から降りた。
「手のかかる弟だな」
 兄は愛しげに目を細めてロロに微笑みかけてくれた。

 この世に戻ってきて、最初に見たのは兄の心配そうな顔だった。猫の姿でも、ロロにはそれが間違いなく兄のルルーシュなことがすぐに分かった。
(兄さん……)
 次に生まれてくることがあっても、兄さんの弟でいたい。その願いが叶ったのだ。それが猫だったのは想定外だったが。何故かロロには人間だったときの記憶があったが、それは生まれてすぐに捨てられたらしい自分達の身を守るのに役に立ってくれた。
 けれど寒さに震え、カラスに怯えるロロの支えになってくれたのはやはり兄だった。ギアスの力がなかろうが、かつての口舌がなかろうが、やはりロロの兄は兄なのだ。
(やっぱり、僕の兄さんはすごいや)
 捨て猫兄弟を拾ったのが、怪しいことこの上ない仮面の男だったことを除けば、ロロは現状に何の不満もなかった。




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