陽だまり

その2




 気に入りのクッションに埋もれて転寝をする兄の傍で、ロロは耳を欹てていた。
(帰ってこなくていいのに!)
 まだかなり遠いが、ロロにはしっかりとその足音が聞こえている。優美さからは程遠い、軍人らしさをうかがわせる音だ。あれが兄の代わりだというのだから、世の中は全くままならない。
 シュン、と音がして部屋の扉がスライドする。現れたのは仮面の男だ。ロロにも見慣れた『正義の味方』の仮面に、黒い手袋で覆われた手がかかる。
『……ふぅ……』
 仮面の下からさらけ出された顔から、ロロはつんと目を逸らした。
『ルル、ロロ』
 少しだけ柔らかな口調は、兄弟を拾ったときよりはずっと人間じみた声になっている。兄はそれを満更でもなく思っているようだし、ロロとしてはこの男に何の関心も持っていないのでどうでもいいが、こういう疲れている雰囲気のときは要注意だった。ただでさえ鬱陶しい男の《猫構いたい病》症状が亢進するらしいのだ。
『ルルは寝てるのか』
 兄は暢気に目を閉じたままだった。さすがの男も、起こすのは可哀想だと憚ったのだろう、その手は空を彷徨ったあとでロロに伸びてきた。
『ただいま、ロロ』
 その手が毛並みを撫でたそうにロロの首元あたりで止まった。兄曰く、しもべ(人間は猫のしもべだというのは兄の持論らしい)とのスキンシップは円滑な関係を維持するのに不可欠だ、ということらしいので、ロロは身を翻したいのを我慢して撫でられるにまかせる。
『今日は逃げないんだ、嬉しいな!』
 翡翠色の目がキラキラ輝いたが、ロロは全く感銘を受けなかった。
(正直、うざいんだよね。なんで枢木卿がアーサーに噛まれてばっかりだったのか、猫になった今ならわかるよ!)
 兄を刺し殺したこの男に遺恨がないわけではないが、兄の望みを叶えたのだからと思えばそれは呑み込める。だから今や兄弟の保護者といえる彼にいい顔をしておこうと思ってはいたのだ。最初は。
『あいたっ』
 うずうずが抑えられず、指先に噛み付いてしまったロロを怒るでもなく男は苦笑した。
『おなかがすいただろ?すぐにご飯持ってくるからね』
「まったくですよ、留守にするならナナリーのところにまた預けていってくれればいいのに」
 憤慨しながらもロロはご飯を催促するためにあたりの柱に顎をこすりつけて回る。キャットフードなど食べられるかと思っていたが、猫の味覚に合わせて作られた最高級品らしいそれは悔しいが美味しかった。
「兄さん、ご飯だって」
「ん……ああゼロが帰ってきたのか」
 伸びをする姿すら優美な兄にロロは駆け寄った。
「たまには労わってやらんとな」
「兄さんがそう言うと思って、撫でさせてあげたよ!」
「そうか偉いな、さすがは俺の弟だ」
 兄が誉めてくれたので、その後噛んだことは黙っておいた。
「大体ゼロは俺達を構いすぎる」
「そうだよね兄さん」
「適度という言葉を知らないのだろうな……お、今日は魚だな」
 ナナリーのところだと毎回シェフの手作りなのだが、ゼロのところではそうもいかないようだ。ゼロ自身がレーションらしきものばかり食べているので、料理が出来ないのかも知れない。
 ふんふんとフードの匂いを確かめてから、兄はロロに頷いた。
「食べようか」
「うんっ」
 兄が起きてきたのを見て、男はぱっと喜色を浮かべた。
『ルル、起きてきたんだ』
「む、今日もその不味そうな食事を取っているのか、ゼロ」
 兄はゼロ――枢木の体を心配しているらしく眉を寄せているが、当然通じていない。
『ルル……』
 伸びてきた手に不本意そうな顔をして、兄は尻尾でぴしゃりと男の手をはたいた。
「食事時に触るな」
『ルルー、ルルー』
 仮面は脱いでいるものの、例のゼロ衣装のまま猫を構う姿はあまり見られたものではない。が、枢木は気にも留めていないようだ。
(兄さんから受け継いだゼロのイメージをなんだと思ってるんですか!それに兄さんの食事の邪魔をするなんて!)
 ロロが威嚇すると、枢木は仕方なさそうに立ち上がって食べかけだったレーションの片付けに戻った。
「……やはりゼロにも、栄養のありそうなイモリを取ってきてやらないとダメだな」
 純粋に枢木を心配する兄の優しさにロロは感動した。
「兄さん!じゃあ僕がイモリを取ってきてあげるよ!兄さんから教わったんだから、狩りだってできる!」
「そうか、いい子だなロロは」
 誉められたロロは嬉しくて尻尾をぱたんぱたんと振った。






 Back Top Novel


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送