朔風

その3




 目を閉じていた兄を揺すると、綺麗な紫の瞳がゆるゆると現れ、ロロはそれだけでほっと息を吐いた。
(兄さん……)
 迷っている暇はない、とロロはころりと丸薬を兄の前に置いた。
「兄さん、これ、飲んで」
「……どうしたんだ、これ」
 妖しい魔女に貰ったとは言えず、ロロは口篭った。
「ロロだっておなかが空いているだろう、俺のことはいいから自分で食べるんだ」
 慌ててロロは首を振った。
「大丈夫だよ、僕は!兄さんは具合が悪いんだから、これを……」
「ロロが取ってきたんだから、これはロロがお食べ」
 思わぬところで躓いて、ロロは困惑した。
(食べ物だと思ってるのか……今まで薬なんて飲んだことないし、存在も知らないかも……)
 どうすれば兄に飲んで貰えるのかわからず、ロロは途方に暮れた。
「僕は食べないよ……兄さんが死んじゃったら、僕……僕……」
 ぐすりと涙ぐむと、兄は慌てた様子で起き上がろうとした。
「ダメだよ、寝ててよ」
「……わかったよ、食べるから、ロロ」
「ほんと?」
 ロロは兄に擦り寄った。なおん、と鳴くと、兄はロロの頬を舐めてくれた。
「兄さん」
 ロロが促すと、兄は丸薬を口に咥えた。かり、と音がして、ロロは安堵した。
(これで兄さんは人間に……後はC.Cが医者に連れて行ってくれるだろうし)
 なんのかんの言って、魔女は兄を人間にしたかったのだろう、とロロはあたりをつけていた。半分くらいは兄手製のピザ目当てだろうが。
「……!?」
 突然口に何かを押し込まれ、ロロはおろおろした。
「……むぐ」
「半分ずつ、な」
 兄は熱で潤んだ紫の瞳を弟に向けて、柔らかく微笑んでいた。ロロは思わず口の中のものを飲み込んでしまった。
「に、いさん……」
 時をおかず、ロロは身体が熱を帯びるのを自覚した。
(え、これって、どうなるんだ!?)
 半分で効力はあるのだろうか。
 兄はすでにくたりと地面に身を伏せていた。
『こうきたか』
 半ば呆れたような魔女の声にロロは耳をぴくりとさせたが、抗議の声をあげる前に意識を飛ばしてしまった。



区切り線




 シュン、と音がして、いつもの通り扉がスライドした。現れた仮面の男は、中にいる人間を見てぎょっとしたように身を震わせた。
「C.C!一体いつ……、それより、誰を連れ込んで!」
「五月蝿いぞ、ゼロ´。あいつも落ち着きがない男だったが、お前はそれ以上だな」
 フフン、と嘲笑う魔女に構わず、枢木は仮面を外すこともせずにベッドへと駆け寄った。
「C.Cの知り合いか?……って!」
 ゼロ枢木は、掛け布団からはみ出た黒髪と、もう一つの異様な物体――猫耳に目を疑った様子でがばっと掛け布団を引きはいだ。
「枢木卿!兄さんは今具合が悪くて寝ているんですよ!なんてことするんですか!」
 水を入れたカップを載せた盆を手にロロが叱咤すると、そのロロにもゼロ枢木は驚愕した様子でたたらを踏んだ。
「な、なんで……」
 枢木はよろよろと仮面を取って、まじまじとシーツに横たわる兄とロロと、そして魔女を眺めた。
「君たち……一体何をしたの……」
 ロロは猫耳と尻尾をひょこひょこさせてフンと息を吐いた。
「ともかく、布団は戻してください」
 盆を置いて、ロロは枢木が持ったままになっていた掛け布団を取り戻して眠る兄にそっとかけた。
「驚いたかゼロ´」
「その呼び方やめてくれないかな……」
「ではゼロ枢木」
「もっと悪いよ!」
「兄さんの枕元でわめかないでください、枢木卿」
「あ、うん……寝かせといてあげようか」
 それだけは異論がなかったのか、枢木は大人しく頷いた。






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